ひらけ駒!は、単なる母子の日常漫画ではない

この記事の所要時間は約 6 分 です。

将棋マンガは数あれど、将棋に取り組む子どもの親の気持ちに焦点を当てたマンガ……というと、「ひらけ駒!」だけなんじゃないだろうか?

将棋という勝負事に取り組む子どもを見守る親の視点……というのが、新しいと思った。

着眼点に感心していたわけだが、実際のところ、南Q太が「ひらけ駒!」を描くにあたって、敢えて焦点をずらした……というわけでもないようだ。

自身のブログでも、自分の息子が将棋にはまったことをきっかけとして、将棋マンガを描きたいと思った……という趣旨のコメントをしており、実は「ひらけ駒!」は、南Q太自身の経験を下地にした物語なのだ。

今日は、「将棋ファンなら一度は読むべき将棋マンガ8選」の記事内で、なぜ、この「ひらけ駒!」を第1位に推していたか……というあたりも含めて、「ひらけ駒!」の魅力に迫りたい。

将棋ファンなら一度は読むべき将棋マンガ8選
きんどう本に触発されて、自分でブログメディアを立ち上げてみたい……と思ったときに、始めに思いついたのは「将棋マンガのレビューサイト」だったの...

「ひらけ駒!」のリアリティ

将棋を指す子どもたちと接した経験からすると、「ひらけ駒!」の描写はやけにリアルだ。

南Q太の息子の話が元になっているのだから、リアリティがあって当たり前かもしれないが、登場する風景、棋書、将棋道場や将棋スクール、実在のものが描かれることが、作品のリアルに貢献している気がする。

千駄ヶ谷の将棋会館道場、アカシヤ書店、今は荻窪に移転した吉祥寺将棋サロン……1巻だけでも、その場面場面で、これでもかというくらい実在の道場や古書店などが登場している。

そもそも、1巻の表紙からして、将棋ファンなら知っているであろう千駄ヶ谷駅のホームの王将駒のモニュメントが描かれているし……。

ひらけ駒!(1) (モーニングコミックス)

ちなみに、実在のプロ棋士も何名も登場するわけだが、「女流棋士編」の女流棋士たちだけは、架空の登場人物だ。女流棋士たちの内面が生々しく描かれていることから、実在の女流棋士たちを登場させるわけには行かなかったのだろう。ただ、おそらく、作者の取材に基づいて描かれているのだろう女流棋士たちも、とにかく、現実感が半端ない。

将棋にすべてを捧げてきた人たちの凄みが出ていた。

菊池宝少年とライバルたち

主人公は、小学4年生で初段の菊池宝少年は、作中で四段まで昇段するが、小学生であれば、これは十分な実力者だ。それでも、東京都代表や研修会員(プロ養成機関の奨励会の下部組織のようなもの)のライバルたちに負ける描写の多さから、これが都合のよいフィクションではなく、リアルを下地にした話なのだろう……と感じさせる。

年少のライバル(大樹君)が出てくるあたりも、実にリアルだ。

「宝……あんたくやしくない?そんな小さな子に負かされて」と発破をかける母親と「小さくても強い子はいっぱいいるよ~」と応じる宝少年の掛け合いも、母子の気持ちのどちらもが、リアルに表現されていると思う。(ちなみに、作中で確認した限りでは、大樹君は、宝少年よりも三学年下なのだが、宝少年にたまに勝てるくらいの棋力……といった感じの描写だ)

takara01

また、宝少年の友人で同学年の涼君の存在も忘れてはならない。将棋スクールに通っていた頃は、宝少年も涼君も2級で指していたのに……作中では、宝少年が四段になった時に、涼君は初段……置いていかれた悔しさや焦り、それでも将棋が面白い……将棋を指したいという気持ち。そして、その熱い気持ちが表現される団体戦での涼君の活躍。そう、これは、ただの母子の「ほのぼのマンガ」ではない。熱い「勝負」のマンガなのだ。

天才少女の物語

この物語の中で、一番の才能を見せるのは、年下の少女、みずきちゃんだろう。

mizuki01

宝少年が、まだ、スクールの級位者の部で大会に出ている時に、小学二年生(宝少年の2学年下)であるにも関わらず、初・二段のクラスで圧勝の全勝優勝を果たしている。作中の描写としても、宝少年よりも強いだろう年下の女の子……という存在だ。

そして、そんなみずきちゃんは、小学三年生の時に、女流棋士に勝利するという快挙を成し遂げ、「天才少女」という見出しで週間将棋に掲載される。

そんな結果を残しても、みずきちゃんの父は、兄の裕季の奨励会ばかりを気にしているようで、そこで、みずきちゃんが「パパってさあ。みずきが勝った時、あんまほめてくれないよね」と父に文句を言うシーン。

みずきちゃんの「こんなもんじゃないから。そのうちパパは、いやでもみずきのこと、ほめなきゃいけなくなるときがくるから」と言い放つ、その真剣な眼差しは、この作品の屈指の名シーンだろう。

mizuki02

「ひらけ駒!」は、日常マンガではない

「ひらけ駒!」は、よく、将棋をテーマにした母子の日常を描いたマンガ……と紹介されたりもするのだけれど、この紹介のされ方だと、これだけ心に響く熱い物語であることが伝わらないと思う。純然たる結果だけで判断される厳しい将棋の世界に飛び込んで、真摯に取り組む少年少女たちの戦いと、それを見守るしかない親たちのなんとも言えない気持ちが、「ひらけ駒!」のテーマなんだろう、と思う。

8巻の最後。そこに書かれた南Q太の文も胸を打つ。

私は小さいころから絵ばっかり描いていて、
3年生でまんがをはじめて読んで、「まんが家になろう」
とすぐに思って、それからもずっと絵を描いて、
そうしてまんが家になりました。

だから、将棋に出会って、すぐに「プロ棋士になろう」
と思って、ずっと将棋を指しているみんなのことを
ドキドキしながら見ています

スクールで昇段の一番のとき、自分の負けをさとって、
涙をこぼしながら最後まで指して投了していた君。
君のような子が描きたくて、「ひらけ駒!」をはじめました。

「ひらけ駒!」8巻 あとがき

南Q太の思いが溢れる名文だ。

将棋を指す子供たちを見ているうちに、その姿が漫画家を目指していた頃の自分に重なり、その結果、描かずにいられずに描き始めたのが「ひらけ駒!」なんだ。

これが面白くならないわけはないだろう。

「ひらけ駒!」は、単なる母子の日常漫画ではないのだ。