講談社現代新書の装丁が変わったのは、新書の役割が変化してきたことの現れ

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新古書店に立ち寄った際に、新書コーナーの本の並びに違和感を感じ、講談社現代新書の装丁が変わっていたことを認識した。まったく違う装丁の新書がごちゃごちゃに並んでいるので、驚いて目を凝らしてみたら、どちらも「講談社現代新書」であったのだ。いや、もう何年も経つのだから、それくらい把握しておいてしかるべきではないかという気もしないではないが、ここまで装丁が違うとまるで別の系列の新書のようである。

新旧の比較実際、私は古い講談社現代新書も新装丁の講談社現代新書も購入していた。ただ、この2つのラインナップが同じ新書レーベルであるということに気がつかずにいただけである。(ピラミッドの謎やシャーロッキアンに関する本は旧装丁で持っているし、「生物と無生物のあいだに」や「戦略思考のすすめ」等は新装丁で持っている)並べてみるとわかるが、この二つのラインナップが同じ新書シリーズであるとは俄には判別できない。

改めて装丁の影響力はすごいと思ったのだが、どうやら、ネット界隈では、この新装丁の評判がすこぶる悪かったようである。

講談社現代新書の装丁変更に伴うネット上での評判

ネット上で大きな影響力があるアルファブロガーの小飼弾氏が「誰が講談社現代新書を殺したか」という刺激的なタイトルで新カバーのデザイナーである中島英樹氏を「実行犯」という表現で糾弾しているのを皮切りに、旧装丁を愛する人たちがネット上で怒りをあらわにしている。

講談社現代新書の新カバーは、単に安っぽいのではなく安い、ということがこれでおわかりいただけるだろう。
実行犯は中島英樹というデザイナーのようである。
(「誰が講談社現代新書を殺したか」より)

個人的には、いろいろ突っ込みたいところがあるのですが、長くなるのでこの一言にとどめます。
「理屈はいいから、もっと買いたくなるカバーにしろや」
(「講談社vs筑摩書房/新書カバー戦争の行方」より)

これまでの講談社現代新書のカバーデザインは明らかに他社とコンセプトが違っていただけに勿体ない。デザインだけリファインしてテイストは残して欲しかったな。
(「講談社現代新書リニューアル」より)

退色問題も、長期店頭ストックなど重視していなかった証拠のひとつと考えられます。新書の位置づけを、比較的長期間ストックされ、さまざまな専門分野への入門書として機能するものから、その時々のトピックスに食いついて短期間で売り切るものへとシフトしたのでしょう。
(「講談社現代新書装丁改悪騒動、営業部門主犯説」より)

結局のところ、旧装丁のカバーが高品質で、かつ、書籍の内容の要約を載せるという手間もかけられた素晴らしいものであり、それが、経年により退色するような安っぽいものに置き換わってしまったことに、みな、抵抗を感じているのである。

講談社現代新書の装丁は必然であったのかもしれない

新書が「専門分野への入門書」から「短期間で売り切る流行もの」になってしまった……という「講談社現代新書装丁改悪騒動、営業部門主犯説」の指摘は、うなずける。

その時々でタイムリーな話題について、一冊の新書の形にまとめてまずは売ってみる。それで、反響があれば、関連するテーマでもう1冊出版する。マーケティングと本の出版がダイレクトにつながっているような感覚がする。雑誌記事の延長であるというと言い過ぎのような気がするが、確かに最近の新書の傾向に「専門分野への入門書」という趣旨のものは少なくなってきている気がする。

そして、これは講談社現代新書に限った話ではなく、新書全般に言えることであるように思う。(もちろん、新書20冊に1冊か2冊くらいは「何度か読み返したい」と思える当たりとも言うべき本があるようには思う。先日読んだ「里山資本主義」は大当たりであった。)

新書のあり方が「短期間で売り切る流行もの」に変化したことで、カバーの装丁にかけられる手間も限られるようになったもあるだろうが、煽り文句を入れる帯が映えるようなシンプルなカバーが求めれられるようになってきたのではないか。

新書の装丁の最新事情

ウェブ界隈の講談社現代新書に関する話題を読んでいて、あーうまいな!と感心したのは、以下の「帯汚し」という造語である。

【帯汚し】カバーデザインはそれなりのバランスや本らしい品の良さが求められる。しかし、帯はどうせ買ったあとはずすものだし、広告スペースだから、帯では思い切ったことが許される。デザインセンスなどとは無縁の好き勝手をやっても帯ならかまわない……とする考え。また、その考えが生み出した醜悪きわまりない帯のこと。
(「帯汚しについて」より)

まさに「新書あるある」といったところだが、最近、書店では、帯どころかカバー丸ごと広告スペースにしている新書も見かけるようになり、これも時代の流れなのではないか、と思った次第である。

カバーで宣伝されていた国立科学博物館の特別展「深海-挑戦の歩みと驚異の生きものたち-The DEEP」に行ってみたくなった。