『ひらけ駒!』の主人公、菊池宝少年の成長を追う~級位者時代①~

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リアリティがある将棋少年の物語

今、一番、再開して欲しいマンガは、個人的には、『ひらけ駒!』だ。その魅力については、別記事でも散々述べているわけだが、この『ひらけ駒!』が将棋を指す少年少女の親からの絶大な人気を誇っている理由は、絶妙な「リアルさ」にもあると思う。

主人公の菊池宝(きくち たから)少年やその周囲の少年たちの様子や成長が本当にリアルなのだ。これは、作者の南Q太とその息子の実話が下地になっているからこそであり、現在進行形で将棋に夢中になっている子どもたちの親には、いろいろ参考になることだろう。

というわけで、『ひらけ駒!』の各話のエピソードに触れながら、主人公の菊池宝(きくち たから)少年の成長を追ってみたいと思う。分かる人には分かる小ネタも満載だ。

宝君の級位者時代を追う(1話から5話まで)

主人公の宝少年の級位者時代は、1巻から2巻の途中にかけて収録されているわけだが、実は、将棋の段級の認定は、将棋道場によっても厳しさに差があるが、連盟主催の将棋スクールで初段免状を授与されるまでは、級位者という扱いで紹介していく。

第1話「憧れの将棋会館」

記念すべき第1話には、宝少年の棋力を表すような描写が少ない。

ストーリーとしても、主人公の母子の紹介と、母子で将棋連盟会館を訪れて、連盟の売店を覗いた帰りに田丸昇八段に会うというエピソードだ。

なぜ、田丸八段!?という件については、田丸昇八段が自身のブログで書いているが、作者の南Q太さんとその息子が実際に田丸昇八段に声をかけてもらうという経験をしたことが元になっているようだ。

担当者の話によれば、作者の「南Q太」さん(女性の方です)は、将棋を習い始めた息子さんと将棋会館の道場に通っていたとき、実際に漫画のように、私と遭遇する場面を体験したそうです。そして、現役で活躍している棋士から優しく微笑んでくれたことに感銘を受け、棋士の礼儀正しさ、物腰の柔らかさ、所作の美しさなどをもっと多くの人に知ってほしい、という気持ちが将棋漫画を書くモチベーションになったとのことです。第1話に私が登場したのも、作者のそんな思いや前記の経緯が反映されたのでしょう。

モーニング誌の将棋漫画『ひらけ駒!』の第1話に田丸がなぜか登場」より

「今度宝が昇級したら、おじいちゃんが買ってくれるよ多分」

母子の会話(「今度宝が昇級したら~」)から、宝少年が級位者(2級以下)であることが読み取れる。

第2話「宝、将棋道」

宝少年が「第10回こども将棋スタジアム」という大会に出場している。これは、現在の「U-18将棋スタジアム」のことだろう。予選を突破するには、予選での3連勝が条件で、最上位のクラスのチャンピョンクラスに出ると、全国大会経験者でも予選落ちをする可能性がある厳しめな大会だ。

「なんか……JTの時より強い人きてるみたい」

作中の宝少年の台詞「なんか…… JT の時より、強い人、きてるみたい」は、実際の大会のレベルをリアルに表しており、JT主催のテーブルマーク杯が入門者に近い棋力の子も参加するのに対し、U-18将棋スタジアムはレベルが高い。

作中で宝少年が出場しているのは、おそらくチャレンジャークラス(級位者クラス)だと思われるが、このクラスであっても、確実に予選を突破するには、連盟道場初段だと少し足りないかもしれない。申し込み時には級位者だったけれど、大会開催時には初段に昇段している子がいるから……という事情もあるが、その上のチャンピオンクラスのレベルが高いため、その下のチャレンジャークラスに申し込む子が多いから……という面もあるだろう。

「なんか5級くらいでも決勝トーナメントに進む人いるんだって」という宝君の台詞に出てくる5級というのは、認定が厳しい将棋道場の5級じゃないかなあ、というのが、感想。(実際、全国大会出場レベルでようやく初段認定という厳しい将棋教室もあるわけで……)

宝少年の本棚には、『3月のライオン』の1巻から4巻までが並び、これが2010年くらいの話だと分かる。

深浦康市九段の少年時代からプロになるまでの半生記である『プロへの道』が宝少年のベッドにおいてあるのが、クローズアップされているが、他にも棋書がいっぱい登場する。

将棋の本に囲まれながら、寝てしまう宝少年。

マイナビの「ひと目シリーズ」や中原誠先生の『こども将棋 囲いの破り方入門』のような級位者向けの本に混じって、森内俊之九段の『矢倉の急所』が転がっている。ここから、宝少年が「ひと目シリーズ」を卒業し、難しい本も読み始めているのが分かる。登場しているのは『矢倉の急所』の1巻なので、1級くらいだと読んでいてもおかしくはない。

第3話「宝の夢」

表紙は「将棋サロン吉祥寺」の看板の前に立つ宝少年。ちなみに将棋サロン吉祥寺は、荻窪に移転して、今は「将棋サロン荻窪」になっている。

第3話は、様々な囲いや駒の並べ方(伊藤流や大橋流)の紹介など。

学校の保護者面談の中で、将棋の話をする教師と母……という感じのちょっとした逸話だ。

「宝の部屋は、いつのまにやら将棋一色」

菊池宝少年の机に『永世竜王への軌跡』が置いてあるのが目を引く。ここから棋譜並べにも取り組んでいることが分かる。

注目すべきは、深浦康市九段の色紙。これは、第2話で菊池母がゲットした色紙と思われる。

第4話「宝と将棋中年」

「第5回こども将棋祭り」に出場して敗退した宝少年に中年男性が話しかけるのだが、この男性、昔、小学生名人戦に出場した経験があるとのこと。

「2年くらい真面目に勉強しなおしたら、その辺の女流棋士には負けない」と言い放つ将棋中年に対して、宝少年が「女流だって、すげー強いんだぜ」と言うところでオチがつく。

「女流だって、すげー強いんだぜ」

実際、プロ棋士と女流棋士の間には、実力差があるのは確かだけれども、それにしても、この将棋中年は自信過剰というか誇大妄想だろう。将棋から離れていた人が2年くらいで女流棋士に負けない棋力になるのは、相当むずかしい話だと思う。

「負けない」をどのように定義するかにも拠るけれど、例えば、10戦10勝するくらいの棋力だと仮定すると、その難しさが分かる。小学生名人戦に激戦区の都道府県の代表として出場できる実力だとして、研修会のC1~B1クラスということになるだろう。

女流棋士制度によると、研修会C1で女流3級の資格が得られるので、女流棋士の棋力の下限がC1クラスだと仮定しても、これに10戦10勝するならば、B1やA2では足りない(角落ちの棋力差の二人が平手で戦ったときの上位者の勝率が7割から8割前後というデータをどこかで見たことがある)ましてや、実際の女流棋士は、元奨励会員とかもおり、更に実力は上だ。

第5話「宝の恋」

女流三段の高橋和(たかはし やまと)先生の登場である。宝少年が実在の棋士や女流棋士の先生と言葉を交わすのは、第1話の田丸昇八段に引き続き、二人目。

「君、よかったねえ。高橋先生だ」
「高橋和女流三段だよ」

二枚落ちの指導対局で、宝少年が見事に勝利。高橋和女流三段の優しい指導を受けている途中で、宝少年が鼻血を出してしまうというストーリー。でも、これ「恋」なのか!?

ちなみに、先崎学九段上田初美女流三段の姿も見えるが、先崎九段は八段表記、上田初美女流三段は女流二段表記になっている。たぶん、時代背景として2010年頃なのだろう。

まとめ

改めて読み返してみて思ったのだが、プロ棋士や女流棋士、実在の棋書や道場が登場するので、ふだん、将棋に触れている人ほど、あ!これは!という発見があって、面白いだろう。

ただし、南Q太さんとその息子の行動範囲が東京界隈なので、将棋道場や将棋教室に関しては関東圏に限られる。

次回は、6話から10話までを追ってみたい。