そろそろ2巻の発売日だよな、とTwitterを検索していたら、「ヒバナ編集部公式」にネタバレされており、うわ!コミックス派のことも考えてくれよ!と悶絶した発売日前日。
期待通りの面白さだったので、さっそく、レビュー記事を書いていこうと思ったのだけれど、何を書いてもネタバレになってしまいそうなので、未読の方は、こちらの1巻のレビュー記事をお楽しみ下さい。

この表紙がすごい
初見の時は、なんだかパッとしない表紙だな……と思ったのだが、中身を2周くらい読んだ後に見直すと、この表紙の凄さが伝わってくる。
表紙の上側の3分の2くらいを見る限りは、2人が祝杯をあげているようにしか見えないわけだが、帯に隠されている部分を見ると、祝杯のワインに見えていたものが、血にしか見えなくなる……という仕掛けだ。
将棋のプロ養成期間である奨励会においては、最終関門とも言える三段リーグに辿り着くのが、まず、難しく、そして、三段リーグで数年を過ごしたとしても、半分以上の奨励会員はプロになれないわけだ。
一局一局が流血しているような将棋……それが三段リーグであり、その流された血で祝杯をあげている2人の昇段者の図。この表紙が暗示しているものに気づくと、思わず、言葉を失う。
語られた牧野の事情
主人公の仲間グループの四人のうちの牧野の事情が明らかになる2巻の冒頭。
この四人の中では、良識派穏健派というイメージであった牧野だが、1巻では主人公の高以良瞬との対局において、そのイメージにそぐわない行動(ルールの範囲内で、全く咎められるようなものではないが、普段の牧野を知っていると、「らしくない」行動だ)をしてしまう。
魔が潜む三段リーグならでは……というところだろう。
その流れからの「将棋を辞める」という決断であり、1巻の事件が影響していないとも言えないが、結局のところ、見切りをつけた……ということなのだろう。
そして、「辞めること」を周囲に伝えた時の牧野の台詞も、見切りをつけたことへのやり切れなさのようなものが見え隠れする。
にこやかでありながら、どこか棘を感じる牧野の言動。
にこやかで穏和な牧野らしい表情でありながら、発せられる言葉は、仲間の迫や高以良への皮肉めいた揶揄だ。
そんな牧野に対して、引導を渡したのは、長年の盟友とも言うべき迫であったのも良い。
迫と牧野の出会い。
そして、互いがプロになることを微塵も疑わなかった15歳の頃のやり取り。
牧野と迫の15歳の時の出会いが数コマ描かれた後、場面は現在に戻る。
割り切れない気持ちになっている牧野に対して、迫が言い放った言葉がこれだ。
「なんの仕事についても、その仕事のプロになるってことじゃないか」
「そしたら、つらくもなるけど、それなりに楽しくもなるんじゃないか」
牧野の「さすが、迫。正論でえぐってくるね」という笑顔は、迫にすっぱりと斬られて、楽になった笑顔なんだろう。
その後の三段リーグ最終日のエピソードでの牧野は、「らしさ」が戻っていて、この辺りの描写もマンガとして巧い……と思った。
2巻前半のハイライトは、夏目の成長譚
1巻では、ジタバタと騒々しく空回りしながらも試行錯誤していた高以良瞬に対して、冷静に構えていた夏目。
三段リーグの終盤に差し掛かる2巻冒頭では、夏目の方が逆に余裕がなくなっている。高以良はあっけらかんとしているのが、1巻の様子と真逆で対比になっているようだ。
「人との関わりを断って、集中。」
仲間とも会話しようとしない夏目に対して、高以良は、牧野や迫といつも通りの様子で過ごす。夏目は、そんな高以良を意識せずにはいられなくなり、徐々に平常心を失う。
追いついてきた高以良に対して、焦る夏目。
そして、最終局に敗れた夏目ではあったが、他の奨励会員の結果次第では、まだ、昇段の芽が残されている……(この辺りの描写が『ヒカルの碁』の伊角のエピソードを連想させる)昇段を争っていた高以良が勝ったことで、結果は、迫と高以良の四段昇段となったわけで、それが夏目の苦悩につながる。
師匠の元に報告に行った際に、夏目が発した言葉がこれだ。
「強いヤツが、結局、プロになるんでしょう。僕は高以良より、ずっと勝率はよかったはずなのに」
そして、1巻に引き続き、この師匠が凄い。まず、
「そんな単純な話じゃないからねぇ」と嗜めた後に、夏目に対して、ずばっと切り込んでいく。
「夏目くんは、ずいぶん、高以良くんや他の人と、自分を比べるんだね。」
「自分では決められない?自分が強いかどうか」
戸惑いを見せた夏目に対して、この師匠はさらに畳み掛ける。
「君はただ、何も考えてないだけだよ」
「本気で将棋好き?」
「どうしてもプロになりたいの?」
「実は将棋嫌いなんじゃないの?」
「やめちゃうことって、できないの?」
もう、これでもか!というくらいのサディスティックな切れ味鋭い言葉。
夏目は、この問いを受けて、更なる苦悩の中に沈んでいく。
「将棋なんか、大嫌いだ」
「こんなもの、やらなくたって、生きていける」
「むしろ、こんなもの、やらないほうが、楽しい学園生活、送って、いい大学入って……」
将棋を辞めた人生を考え始める夏目。
次の三段リーグを迎えるまで、ただ、ただ、師匠の問いについて、考え続ける。
そして、夏目が出した答えはこれだった。
「将棋なんて大嫌いだけど」
「将棋のことを考えないでいるなんて、耐えられない」
ただ「将棋が好きだ」という単純な結論ではなく、「嫌いだけど、やめることは耐えられない」という言葉が、夏目の将棋への愛憎まじった複雑な感情を表している。
そして、リーグの緒戦に勝利をおさめた夏目は、自分の出した結論を師匠に報告する。
「勝っても、そんなに嬉しいわけじゃ、ありません」
「それでも、将棋をやめることだけはしたくありません」
穏やかな表情で「だったら、続けなさい」と言う師匠。
夏目の将棋への強い想いと師匠の弟子への深い愛情が感じられるこのエピソードこそが、2巻前半のハイライトだ。
そして、迫 右羽介のデビュー戦
主人公の高以良と共に四段に昇段し、プロ棋士になった迫のデビュー戦が後半の見せ場だ。
迫のデビュー戦
そこで語られる迫の家庭の事情は、なかなか凄まじいものがあるが、迫が父親に見せつけるために将棋で金を稼ぐことに執着していることがわかる。
対するデビュー戦の相手である木崎六段も、ちょっと変わった性格で面白い。
「僕が勝つべきなんだよ!」と信じてやまない木崎六段
泥仕合の様相を呈した迫のデビュー戦の結末は、是非、単行本で見届けていただきたい。
その他の見所
1巻でも表のストーリーには絡んでこないものの不思議な存在感を放っていた佐宗が登場してくるのも、この2巻の見所だろう。
作中の様々な描写から、佐宗が高以良を意識しているであろうこと、そして、佐宗が、おそらく、聴力に障害を抱えてそうなこと……など、新しい情報が少しずつ出てくる。
佐宗は、高以良に将棋を教えたシコウという謎の人物の弟子でもあり、この二人は表裏の関係にある。
四段昇段のインタビューで、シコウについて語る高以良瞬
本格的に、佐宗と高以良との因縁が語られるのは、3巻以降になりそうだが、続きに期待が持てそうな感じだ。楽しみにして、待ちたい。
あと、細かな話だけれど、作中の描写からすると、夏目は、ロシア系とのクォーターなのだろうか。読み込めば読み込むほど、ちょっとした描写で、いろいろと情報が出てくるのも、楽しい。
……1巻では、三段リーグの中で模索する主人公たちの姿に感動を覚えたわけで、あっさりと主人公が四段昇段を決めてしまったことで、1巻のような主人公の苦悩が描かれなくなるのでは?と、最初は、この展開を残念に思った。けれども、じっくりと読み直してみると、様々な要素が相まって、次巻からの展開が楽しみになってくる。
『或るアホウの一生』の物語は、すでに、次の舞台に進んでいる。夏目がどうなるのか……も気になる部分であるが、灰島紫紅(シコウ)にかかわる高以良瞬と佐宗の物語も気になる。
また、3巻の発売を気長に待ちたい。
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