『アイリウム』記憶をコントロールすることが日常化された世界

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「アイリウム」という薬をテーマにした連作SFだ。雑誌連載時に、第5話の「ホスト」だけは読んだことがあったが、単行本化されているのを見て、連作であったことを知った。

まず、「アイリウム」という素材がよい。「アイリウム」は、1粒飲むと24時間分の記憶を飛ばすことができる薬だ。薬が効きはじめると、他人からは、意識もあり普通りの生活をしているように見えるのだが、時間が経つとその間の記憶が完全になくなってしまう。つまり、服用した本人からは、24時間後の未来にタイムリープしたかのような感覚になる。

アイリウム (モーニングコミックス)

記憶を薬でコントロールすることが日常化した世界では、嫌な思いをする前に「アイリウム」を飲んでおけば、その出来事を思い出すことなく日常生活が送れるわけだ。

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主なみどころ

PTSD予防目的で服用する戦場の兵士たちの話が出てくるが、この「アイリウム」のある世界においても、おそらくは、こういうやむにやまれぬ事情があって服用するのが、正しい使用例なのだろう。

一方で、本作では、気軽に「アイリウム」をしたが故に思わぬ事態に巻き込まれる人の姿も描かれており、映画監督志望の学生など、なぜ、そこで「アイリウム」を飲もうと思うのか、発想が短絡的過ぎて、共感できない。

もっとも、この「映画監督志望」の話は、気軽にアイリウムを服用する日常とそれに伴う悲劇という本作のテーマを示しているので、この話が第1話にあるのは、作品としては実に正しい。この共感できない服用例が示された後に、前述した第2話の「兵士」に繋がる流れは、連作の導入部として必然だったと思う。

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第3話の「ママ友」では、ストレス発散のために「アイリウム」を服用するママ友の集まりにスポットが当たる。

薬を服用した状態で、普段は話せない秘密の話を打ち明けあう。ただ、それだけのために「アイリウム」が使われる。

聞いている相手に記憶が残らないからこそ話せる秘密の話なわけだが、この短編の主人公の主婦が薬を飲まずに参加したことから、話が思わぬ方向に転がっていくのは、読んでいて面白い。

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「アイリウム」を服用した側の立場で描かれた前2話とは違い、服用しなかったが故のストーリー展開が目先を変えていて、飽きさせない。

この流れは計算されていると思う。

特にお勧めな父娘の話「ロックンローラー」

第4話の「ロックンローラー」は、7作の連作の中で、個人的にもっとも心を打たれた話だ。

母親と離婚した父親のライブを聴きにきた娘が父親に「今日で会うのはやめたい」と切り出す。娘は、自分の結婚を機に人間関係を整理しにきたのだ。

別れ際の記憶を残さないために、「アイリウム」を4分の1錠服用し、2時間の記憶を飛ばすことにした父娘の話題は、なぜ、父と母が離婚に至ったか、という話だった。

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娘は、ロックを優先する父に母が愛想を尽かしたのではないか、と思っていたわけだが、1つ疑問があった。幼い頃の記憶をたどると、父がロックンロールのライブをやるようになったのは、離婚後のことだったのではないか?この疑問をぶつけてみたところ、父から語られたのは、母との意外な馴れ初めと「アイリウム」に関わるある事情だった。

事情が語られたことによって、父子の関係性には少しばかりの変化が起きるのだが、それも「アイリウム」が作用する二時間に限定されているのが、なんとも切ない。

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まとめ

全体を通して、記憶とはなんだろうか?というテーマが一貫しており、記憶を操作できるようになったが故の悲劇が胸に突き刺さる良質なSF連作だ。

未読の方は、是非、一度手に取って欲しい。

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